残暑お見舞い申し上げます。
休暇から帰京し、先日は“わが聖域” 三菱一号館美術館へ。
大雨のなか、誰もいない一号館広場の静寂に浸り、晴れ間には、いつも美しいコンドルの薔薇たちに挨拶も。さまざまな表情を見かけるたびに、愛が深まります。
2016年上半期、私の愛と情熱はほぼすべて英国に注がれていました。そんな話をしたら友人(めぐみさん)に「え、いつもじゃない?」とキョトン顔をされたのですが、あらためて断言したくなるほど愛がすさまじかったのです。
夏の終わり、ヴィクトリアン気分も高まる季節に、そんな英国愛をまとめてみました。
●BRITISH HISTORY
きっかけは、人気海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』でした。
『ゲーム・オブ・スローンズ』(写真左)は、架空の王国を舞台に名家同士が繰り広げる壮絶な覇権争い(“王座ゲーム”)を映画並みのスケールで描いたスペクタクル。全世界で6,000万部を超えるジョージ・R・R・マーティンのベストセラー小説『氷と炎の歌』が原作ですが、ブリテン島の歴史、とくに中世の薔薇戦争が大きなモチーフになっています。
七王国にも壁にも諸国との関係性にも、英国史のかけらがいっぱい。ノルマン朝を感じさせるターガリエン家の末裔・デナーリス王女の貴種流離譚にも高まりますが、なにより薔薇戦争が気になる。なにしろスターク家とラニスター家(ヨーク家とランカスター家)ですから。
もともと私の専門はヨーロッパ近現代史。「そういえば、中世の英国史(百年戦争から薔薇戦争の流れ)をちゃんと理解できていない気がする」と思い立ち、悉皆調査を始めてしまったのが運の尽きでした。
プランタジネット朝における英仏の関係性、フランス語しか話せなかったリチャード獅子心王に十字軍……ああ、だからライオンハートじゃなくてクール・ド・リヨン勲章なんだ! プランタジネット(プランタジュネ)って、フランス語で金雀枝だったんだ! という具合に知的興奮が重なっていく。
あこがれの歴史小説家・佐藤賢一さんや石井美樹子さんの著書、スコットランドの歴史家トレヴァー・ロイルの『薔薇戦争新史』。さらに勢いづいて、ジョセフィン・テイの小説『時の娘』や菅野文さんの連載『薔薇王の葬列』まで読み返してしまい、すっかりこの時代のとりこになってしまったのです。
さらに8月、METライブビューイングで完結した「チューダー朝女王三部作」(デイヴィット・マクヴィガー演出)のアンコール上映が!
薔薇戦争を終結させたヘンリー7世を祖父に持ち、英国を大国へと導いた女王エリザベス一世をめぐる3つのオペラ――母アン・ブーリンを描く『アンナ・ボレーナ』、宿敵メアリー・スチュアートとの対決『マリア・ストゥアルダ』、そして最後の恋『ロベルト・デヴェリュー』。ベルカントの歌手たちの熱演はもちろん、スコットランド人コンビによる舞台や衣装もモダンにして華麗。英国史へのエモーションを高めてくれました。
女王三部作はもちろん、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』とその時代背景(モデル)についても、今後あらためてまとめてみたいと考えています。
●SANCTUARY
写真は、私がもっとも英国を感じる“聖域”――冒頭にも登場した三菱一号館美術館の一角です。大好きなこの空間で8月、「美術館の建築や歴史」にフィーチャーした新シリーズの撮影・執筆をすることができました。愛を形にできて、とても幸せです。
さて、上半期もたくさんの展覧会を訪れました。
印象深いのは、服飾史や女性をテーマにした展覧会が増えていること。
春には三菱一号館美術館「PARIS オートクチュール:世界に一つだけの服」と箱根ポーラ美術館「モダン・ビューティー展」が同時期に開催。紀尾井町特設会場に出現した「旅するルイ・ヴィトン展」も最高でした。庭園美術館では、「メディチ家の至宝:ルネサンスのジュエリーと名画」に通い、歴史旅行を愉しみました。
世界遺産として話題になった国立西洋美術館の「カラヴァッジョ展」も好きでした。現在開催中の三菱一号館美術館「ジュリア・マーガレット・キャメロン展」にも登場するのですが、私はなんて洗礼者ヨハネが好きなのか(王女サロメの影響)。国立新美術館の「ルノワール展」と合わせ、“音楽と美術は、やっぱり密接だ”と再確認した展覧会でもありました。
音楽と異分野の融合ということでは、チェリスト小林奈那子さんによるDiptique「音と香りの音楽会」や霧とリボンの「スクリプトリウム II~音楽を記述する試み」、古楽の名手・西山まりえさんの「ロゼッタの調べ~天使の奏楽・14世紀イタリアの音楽~」などなど、すばらしい出会いもたくさんありました。
秋からも、注目の展覧会やイベントが目白押し。新シリーズや講座の詳細と合わせて、どんどんご紹介していきたいと思います。
●OLYMPIC GAMES
ブラジル・リオで行われたオリンピックも本日が閉会式。アスリートへの尊敬はもとより、「オリンピックの第二の主役は音楽」という思いが強くなった大会でした。
英雄的音楽家ジョビンによるボサ・ノヴァの脱力感と合唱(音楽愛!)に感動した開会式で、「イパネマの娘」を演じたジゼルの後ろ姿に励まされたことがもはや懐かしい。先ほど行われた閉会式では、同世代の椎名林檎(音楽監督)やMIKIKO(総合演出・振付)による素晴らしいプレゼンテーションもあいまって、TOKYO2020がほんとうに楽しみになりました。
さて、ここでなぜ「英国万歳!」なのかというと、英国代表TemaGBのクールなユニフォーム(写真)のせいなのです。
デザインはご存知、ステラ・マッカートニー。その意匠に使われたのは、英国の国章のライオンです。国章では右側にスコットランドを象徴するユニコーンがいるのですが(前述のオペラ『マリア・ストゥアルダ』の舞台でも象徴的に使用!)、今回は3匹のライオンになっていますね。サッカーイングランド代表の「スリーライオンズ」と関係があるのか不明ですが、この「スリーライオンズ」をイングランド王家の紋章にしたのは、前述のリチャード獅子親王。そこに各地域の紋章を加えたのが、現在の英国国章……などと、TeamGBを見かけるたびに考えてしまいました。
めずらしいスポーツ、国章と国歌がひしめきあうオリンピックは、(歴史オタクの目で見ると)ギリシャからつづく平和のための文化の祭典であり、歴史ロマンでもあるのです!!
じつは東京開催が決まったとき「30代をかけてオリンピックにつながるような仕事をします」と関係者の方々に宣言したのですが、いまもその気持ちは変わらないし、だんだん、やりたいことがクリアになっている気がします。
文化を伝えること。伝統も前衛も、ともに愛すること。
「破壊でなく平和を生む武器」教育に携わること。
本質を見失わないで、世界をあきらめないで、歩んでいきたい。私は未来を信じています。
●GLAMPING
道志川を臨んで。鳥の声とせせらぎが、最高の贅沢。#camping #summer2016
オリンピックつながりで、今年も新しいアウトドアの話題。友人がキャンプにハマっているのに便乗して、小学校以来の大人のキャンプに挑戦してみました。
グラマラス(glamorous)とキャンピング(Camping)を掛け合わせた「グランピング」が流行っていることもあって、最新キャンプグッズは便利なものばかり。故郷・新潟の高級キャンピングメーカー「スノーピーク」のかっこよさや、朝ご飯の目玉焼きのおいしさなど、再発見の多い旅になりました。
風やせせらぎの音、絵画みたいな木漏れ日。こういう自然愛も、やっぱり英国的。
都心から2時間程度で非日常を味わえて、いろんなことが許せるような大きな心持ちになれる。自然って、ほんとうにすごいです。
●DREAM CAME TRUE!!
この上半期は、萩尾望都先生に関してもすばらしい出来事がつづきました。
なにより、3月末に関わらせていただいたバレエ公演「Ballet Princess~バレエの国のお姫様たち」で、宣伝画を手がけた先生に直接お会いできたこと。敬愛する人物に会って感極まり、涙がこぼれるという経験は、生まれて初めてでした。「がんばってくださいね」と握ってくださった手の温かさを、一生忘れません。
NHKの『漫勉』を観ながら雲田はるこ先生と大興奮したことも懐かしいですが、その数か月後には、奇跡の『ポーの一族』最新作が登場したのです。舞台は安定のロンドン。時代は第二次世界大戦直前。しかもタイトルがシューベルト……。
20年前に萩尾作品(イアン・ローランドの歌う「菩提樹」!)に出会って、『マンガと音楽の甘い関係』を追求しはじめ、いまも追い続けていること。その情熱へのご褒美のように感じずにはいられませんでした。
萩尾先生、勝手ながらありがとうございます。愛しています。
●NEW BEGGINIG
最後は、7月末に取材した英国人デザイナーの展覧会「ポール・スミス展」で出会ったひとことから。
展覧会にはポールが影響を受けたありとあらゆるインスピレーション源が所狭しと並んでいましたが、最も印象的だったのが、妻ポーリーンとのツーショット写真が掲げられた「ポール・スミス1号店」でした。
1970年、イギリス・ノッティンガムに1号店をオープンしたとき、そこは3×3mの広さで窓もなく、ポールは他の仕事で生計を立てながら、週に2日間だけショップをオープンしていたといいます。当時のショップを再現した小さな一角に飾られた写真とメッセージ。「親愛なるポーリーンへ――すべては彼女がいなければ実現できなかったでしょう」。思わず涙がこみ上げました。
名前だけはよく知っていたポール・スミスという人の仕事、そして人生を知ったことは、私にとって大いなる刺激でした。「夢を持ち続けるための努力も大切です。私の場合は、フリーランスの仕事をたくさんすることで自分の夢を支えていました」。
どんな成果も、続ける努力から生まれるのです。
この秋には、各連載やラジオ、新シリーズのほかにも、昨年から動いている大型企画や新講座がスタートします。
最近はお仕事の告知はこのSalonetteで、日々の取材系カルチャー記事は25ans ONLINE「エレ女のクラシック」を中心にお伝えしていますが、Salonette独自のコラム(連載シリーズなど)も再開したいし、立ち止まっている暇はありません。
現実の世界には信じられないことも起こるけれど、どんなときも自分自身を信じて「前に!」と進みたい。
それを教えてくれた人たちのために、私は書くことで、愛を示しつづけます。
新シーズンもどうぞ、よろしくお願いいたします。
高野麻衣