林原めぐみ×椎名林檎 「空気感」をつくる音楽|雲田はるこ「昭和元禄落語心中」特集 vol.2

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©雲田はるこ・講談社/落語心中協会

 

13日深夜2時半、話題のオープニングテーマ『今際(いまわ)の死神』が地上波に初登場した。


TVアニメ「昭和元禄落語心中 -助六再び篇-」OP

昭和最後の名人・八雲と、彼をとりまく人々の顔。その絆から立ち去り、地獄の業火へと向かっていく八雲。死の陶酔を高めるゴージャスなストリングスに、林原さん=みよ吉のため息が重なる――。

死神がカウントする“残り時間”を知らせる時計の音や、吹き消される蝋燭のように消える最後の音/声にいたるまで、なにもかも完璧だった。

漫画を読んだ人なら、あるいは古典落語「死神」を知っている人なら、はっと胸をつかれる音楽。「夢のタッグが再び!」という第一報が入ったときから間違いないとは思っていたが、それは想像を超えていた。

椎名林檎という人は、なんて丁寧に音楽を作るのだろう。

 

ちょうど1年前に好評を博した“雲田はるこ「昭和元禄落語心中」特集”。

第2回は、永遠の歌姫にして女優・林原めぐみと椎名林檎による声/音楽づくりを中心に、アニメーションにおける「音」の重要性を探っていく。

 

音楽雑誌出身の私は、これまで多くの「マンガと音楽」について調べてきたが、「アニメと音楽」にはなるべく触れないようにしていた。

なぜなら、アニメにはオープニング/エンディングを飾る主題歌や劇中歌、劇伴といった音楽が「あって当然」だからである。作品によっては解説もさかんだし、手を出してしまうと大変なことになる。単発のコラムやインタビューは喜んでお引き受けしてきたが、自ら研究するのは先の話、と考えていた。

しかし、アニメ『昭和元禄落語心中』に出会って、その考えが変わった。こんなにも「空気感としての音楽」を大切に扱っている作品があることに、感動したからである。

 

まず、主題歌がすごかった。タイトルは『薄ら氷心中』。

大物声優・林原めぐみの最新シングルとして発表されたこの曲は、林原さん自身が『昭和元禄落語心中』で演じる宿命の女・みよ吉のイメージを、楽曲やジャケットビジュアルに色濃く反映した内容だった。そして、楽曲及びアートワークの制作には音楽家・椎名林檎がプロデュースとして参加している。 

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entertainmentstation.jp

いかにも椎名林檎らしい、独特の世界観に思えるこの曲。実は、林原めぐみファンである椎名さんが、原作を読みこんだ上でみよ吉の声素材を分析、キーを採って作曲したのだという!

それに対し、林原さんはみよ吉の「怒り」を、「感情をプレスして熱量をとどめたまま、でも肉声はあまり波立たない」という、綾波レイと少しダブるスタイルで歌い上げた。

 

林原さんは、畠山守監督からみよ吉のイメージモデルとして、戦後日本を代表する女優・若尾文子さんの名を挙げられたと語る。

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©雲田はるこ・講談社/落語心中協会

『昭和元禄落語心中』のことを一度忘れて、ロマンポルノを観ようと思い、宮下順子さんの作品を観たんです。そこには男の都合のために翻弄されてしまうけれど、離れられない女の性みたいなものが描かれていたんです。ただ、その女性は翻弄されることで自分の存在を強く主張しているようにも見える。逆に男を翻弄しているっていうか。どちらにも取れるなと思ったんですね。(略)

演じようとするだけ離れていってしまうんですよ、みよ吉って。「アタシの本当の気持ちを理解しているのはアンタじゃないわ」って言われちゃうの。*

試行錯誤しながらも、ファンが納得する“肉声”を聴かせてくれた林原めぐみ。弱いようで強い、したたかなようでやはり儚い――その二面性で物語の鍵を握るみよ吉というキャラクターは、この人なしには成立しなかった。

 

椎名さんがその主題歌作曲時、サウンドの整合性を謀るため、劇伴をしっかり確認したという話にも感動した。「椎名林檎、激賞」の劇伴を担当したのは、澁江夏奈。ジャズピアニストとして活動するかたわら、大学在学中の2013年に劇伴作曲家としてデビューした、1991年生まれの新鋭である。

まず、第1話がはじまった瞬間から驚いた。流れ出したジャズが、「懐かしい」と言われる雲田はるこの絵柄や昭和の世界観にとてもよく合っていたからだ。

エンディングのインスト曲も手掛ける澁江さんの、ジャズをベースにしたレトロな楽曲の数々は、私たちを戦後の東京――若き日の八雲と助六が落語の未来を語りあったミュージックホールのような情景へと、ごく自然に誘う。それもそのはず、1950年代から60年代、戦後の日本において「ブギウギ」に代表されるジャズは、大衆音楽の中心だった。

「ジャズの良いところは古くも聞こえるし、新しくも聞こえる」ところだと語るのは音響監督の辻谷耕史。第1話では、落語シーンにジャズが流れることで、新鮮な効果をもたらした。

 

最後にその、落語にまつわる音楽も。落語シーンで、寄席の風景や楽屋裏、台本、そして音楽にいたるまでを細かくアドバイスしたのが、落語監修の林家しん平である。

落語家が高座に上がる際に流れる出囃子も僕が選んでいます。八雲の『潮来(いやさこ)』は原作から決まっていますが、助六の出囃子は、僕が『らくだの踊り』を薦めました。明るくて豪快な助六のイメージに合うと思ったので。*

八雲たちが楽屋にいるときに、高座から漏れ聞こえてくる出囃子には、立川談志や三遊亭圓生といった名人たちの出囃子が隠しネタにチョイスされていうという。落語ファンが歓喜する気持ちもわかってしまう。

ちなみにしん平師匠、猫助師匠役で声優デビューしたばかりか、出囃子シーンでは自ら寄席の仲間とともに演奏している。臨場感が出ないわけがない。

明日深夜より放送の第4話では、いよいよ戦争が終わり、二ツ目に昇進した菊比古(のちの八雲)と助六の、青春と葛藤の日々が展開していく。みよ吉の存在感、ジャズの鳴り響く街の空気、そして高座の臨場感――音楽からも感じとれる『昭和元禄落語心中』の世界を、繰り返し“聴いて”堪能してみてほしい。

 

構成・文/高野麻衣

*引用元:『昭和元禄落語心中 アニメ公式ガイドブック』(講談社、2015)

(2016年1月25日付「エンタメステーション」初出)

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昭和元禄落語心中(4) (ITANコミックス)

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