五月礼賛|音と香りの実験室

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五月は好い月、花の月、
芽の月、香の月、色の月、
ポプラ、マロニエ、プラタアヌ、
つつじ、芍薬、藤、蘇枋、
リラ、チユウリツプ、罌粟の月、
女の服のかろがろと
薄くなる月、恋の月、          ――与謝野晶子「五月礼讃」より

 

美しい5月の午後、吉祥寺の住宅街にひっそり佇むギャラリー「霧とリボン」で、サロン・コンサート《音と香りの実験室》が終演した。

2周年記念企画展《菫色の実験室vol.2〜菫色×調香》の関連イベントとして開催された今回のコンサートは、チェロ独奏と朗読、そして解説を聞きながら、香りを試していただくワークショップ型。

特製の「調香オルガン」(Perfumery Organ)として並んだキャンドル。菫色のプログラムとメニュ。そして、香水壜型のムエット。チェロ。

香りとともに思い出す、夢のような初夏の午後となった。

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そもそもの、ことの起こりは1年半前。チェリストであり、香りへの造詣も深い、小林奈那子さんとの出会いだった。

音と香りの音楽会@Diptyque 青山本店|エレ女のクラシック|25ansオンライン

私たちの運命的な出会いと結びつきについては何度も記したが、とにかく私は「このひとをノールさんに会わせたい」という欲望のもと、昨年5月の霧とリボン《スプリクトリウム》展へとお誘いした。そこでまさに、化学反応が起こった。

音楽はただひとつの言葉にならない気持ちや情景を表現していること、そしてただ美しいものを追い求めてしまう、人間にしか許されなかった性。この共有に打ち震えるのと同時に、何かしなくては!という動機が沸き起こった私たち。

そうしてこれまで、《シェイクスピアの幕間》や《マリー・アントワネットの音楽会》をテーマにサロンコンサートをご一緒してきた。今回は満を持して、出会いのきっかけだった《音と香りの音楽会》に立ち返ったというわけである。

 

時間とともに消えゆくけれど、心のなかにずしりと残る、「音楽と香り」。

おなじみのドレミファソラシの「音」と「香り」に、たくさんの共通点があるのをご存じだろうか。それはたとえば、こんな具合だ。

ド(C):落ち着きと正統的な雰囲気、フレッシュな花々、重厚な香木のイメージ。香調は「フローラル/ウッディ」。

レ(D):甘さと辛さの二面性、スパイシーなイメージ。香調は「スパイス」。

ミ(E):さわやかな田園風景の伸びやかさ、シトラスのイメージ。香調は「シトラス/グリーン」。……

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19世紀の英国の調香師ピエスによる「香階」も現存する(写真)。

調香師が実際に使用する「調香オルガン」はこれを基に作られ、その組み合わせには「協和音」と「不協和音」が存在する。そう、まるきり「音楽」なのである。

ワークショップではまず、ドレミファソラシの音と香りを味わい、それぞれのキャラクターを理解してもらった。そして、それらが「和音」によってどう変化するかをチェック。最後に、調香された香水を味わい、その香水とおなじ調性の音楽に耳を傾けた。

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菫色に染まる221bを舞台に、それぞれが香りへの新しい扉を開き、未知なる発見に出会い、静かに興奮するひと時――。

私はチャイナドレスの「研究員M」として実験の助手を務め、プルースト『失われた時を求めて』と北原白秋「桐の花とカステラ」を朗読した。

写真は、Mistress Noohl所有のアルス刊『桐の花』(昭和21年復興版)。

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桐の花とカステラの時季となつた。私は何時も桐の花が咲くと冷めたいフルートの哀音を思い出す。

とはじまる、白秋のEsseyは終幕に。

感傷じゃない、繊細な「顫え」を愛する詩人の陰影礼讃だ。5月の夕闇に最後の声を発したとき、全研究員と「顫え」を共有した気がした。

 

実験後のお茶会では、そのEsseyにちなんだカステラやチョコレート、プルーストにちなんだマドレーヌ(色のジェリー!)がテーブルを彩った。

ヴェルレーヌ『小夜鳴き鳥』のハーブティは、玉田優花子さんの新訳を元にブレンドした、霧とリボンのオリジナル。夜の部では、研究員として参加してくださった玉田さんのフランス語の朗読を聴きながら、ハーブティを味わう僥倖も。 

まさに五感で味わう、美しき実験だった。

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後刻、研究員のみなさまから、たくさんの聡明なるレポートまでいただいた。

「理解したい、の裏返しが「綺麗ね」なのだ。」――なにげないひと言が、美しき友の心にとどまっていたのも知った。それが彼女の「世界への愛」を高めたと知る、喜び。

「綺麗ね」と語れる人は幸いである。美の国はその人たちのものである。行動し、口にすることからすべてがはじまるのだから。

ピエスの「香階」やPerfumery Organは奈那子さんに、「桐の花とカステラ」はノールさんに教わった。お茶会でも、おしゃべりが弾んで世界が広がっていった。

それがなにより幸福だった。

 

実験の余韻に満たされ、初夏の一週間を過ごした。

自宅の1階にある花屋さんに珍しい和芍薬をいただいたり、ふと立ち寄った先で理想のドレスや香りや音楽に出会ったりして、美の引力を実感した。

5月(mai)。私の大好きな月。5月生まれでも何でもないのに、この季節がどんどん特別になっていく。

美しい5月、芳しい時間をご一緒した皆さまに、心より御礼申し上げます。 

また来年も、すばらしい季節に出会えますように。

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写真:Mistress Noohl

 

調香師の手帖 香りの世界をさぐる (朝日文庫)

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失われた時を求めて〈1 第1篇〉スワン家のほうへ (ちくま文庫)

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桐の花―歌集 (短歌新聞社文庫)

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