晴雨計 第25回 「続 世界遺産じゃなくても」

鎌倉へのドライブを機に、故郷・村上の町屋商人会(あきんどかい)の活動に思いをはせた前回。1998年、伝統ある商店の町屋造りの公開からスタートし、いまや「人形さま巡り」や「黒塀プロジェクト」という名物に発展した、というところまでお話ししました。

98年に東京の大学へ進学した私は、帰省するたび変化する街並みにときめいたものでした。とりわけ、2004年の村上駅の改修は感動的。灰色コンクリートが、城下町のアイデンティティを取り戻したようでした。「近くにいるとわからないわ」と言う母を誘って、町歩きもしてみました。古い商店を見学し、芭蕉ゆかりの町屋カフェで一服。すてきな母娘旅気分でした。

安善小路の黒塀はじつに上品で美しく、09年にティファニー財団の伝統文化振興賞を受賞したのも納得です。一板千円というシンプルな活動で、こんなにも町は変わるのです。アート関係の人はもちろん、昨年末のメセナアワード受賞で、企業のトップで活躍する人びとの間でも知られる存在になりました。

一方で、大きな商業施設はすべて国道沿いに去っていき、自動車免許のない私は買い物一つできません。現地で生活している人々にとっては、そちらのほうが切実な問題かもしれません。世界遺産のように観光誘致の利があるならともかく、ニューヨークや東京の人間が勝手に騒いでいる賞に何の意味があるのか。それが現実でしょう。しかし文化はめぐりめぐって、確実に生活の豊かさをもたらす、それを知ってほしいのです。

 

私は誇り高い人間が好きです。おなじように、故郷の誇り高い活動を応援しています。新発田の蕗谷虹児記念館にピアノの発表会のたび立ち寄った思い出を、新潟市が継続するラ・フォル・ジュルネ音楽祭を誇らしく思います。そして、こうした気づきを与えてくれた東京での15年間に、なにより両親の教育に感謝しています。

人には人の居場所や、向き不向きがある。やみくもに故郷を出ろとは思いません。ただ、ぼんやりぬるま湯に浸っていることを自覚したら、数日の旅でもいい。そこから距離を置くこと。それが無理でも本を読み思索し、俯瞰して日常を見つめ直すことを、意識してみてはいかがでしょう。それだけで、日々に出会いや喜びを見つけることができる。生きることの喜びは、確実に大きくなっていくのだから。

 (2014年1月24日付「新潟日報」初出)

 

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