美しい初夏の午後、吉祥寺の閑かな住宅街に佇むサロンで「ちひさな文藝キャバレー《霧とリボン》Vol.3~バルテュスの少女たち、音楽の少女~」を開催した。
「文藝キャバレー」は、サロンの創造主であり完璧な美の守護神たるデザイナー、ミストレス・ノールが数年前にスタート。英国紳士のクラブという知的な愉しみを、日本の淑女たちで再現しようという意欲的な試みで、わたしは女主人役を仰せつかっている。
テーマは、開催中のバルテュス展から自由に連想した「音楽の少女たち」。ドビュッシーが愛し、曲をつけた散文詩「ビリチスの歌」や当時のパリのようす、遡ってヴェルサイユで流れていたバロック音楽にまつわる少女性、そして宝塚少女歌劇の「花詩集」までをご紹介し、実際に音楽を聴いていただく。詩の朗読やアイリーン・アドラー風チャイナドレスの裾さばき、エドワード朝時代の銀のポットの扱い方……これまで経験したどのイベントよりも入念に、準備とリハーサルを行った。
《霧とリボン》はいつも、蔵書も調度も食器もそこに盛り付けられたお菓子もお茶も――なにより音楽も匂いも照明も――なにもかもが心地よく、五感を研ぎ澄まされる。ミント色のカーテンを透かした初夏の光と色彩のなかで聴いた、蓄音機の音のすばらしさ!
蓄音機は、1920年代の英国製。ノールさまいわく「悪趣味ギリギリ」のシノワズリ趣味で、前の持ち主(遊び心たっぷりの青年貴族!)を想像するだけで楽しくなってしまう。
美しく装って現れる淑女たちをお迎えし、夏摘みの紅茶をサーブしながら大好きなレイナルド・アーンやプルースト、クープランやマリー・アントワネットについておしゃべり。趣味の重なる人びとの集まりの常として、萩尾望都や宝塚など、話題もどんどん広がっていった。昼と夜の二部構成だったので、変遷していく外光を感じながら、メンバーによって異なる展開に驚くこともできた。
おしゃべりの合間に執事役のノールさまが給仕してくださる薔薇の炭酸水や紅茶、ローズベーカリーのサラダや菫のマカロン。アンティークの食器やブック型のカスケットで登場するメニュの美しさにも、一つ一つ歓声が上がる。
美しいものへの愛を共有することは、なんて幸福なことだろう。
美しいお菓子やドレス、男性の話がきっかけであっても、知性ある女性たちのおしゃべりはいつも文化のあり方にまで飛躍していく。わたしはその瞬間がほんとうにいとおしい。日本におけるクラシック音楽文化の不思議さを語り合ううち、ラ・フォル・ジュルネや先般のワールドツアーのことにまで話題は及んだ。こういう人たちがいるかぎり、音楽文化は変わっていくことができると感激し、語り合った。あまりに熱が入りすぎていたので「夢という名の野望」と名付けていただいたほどだった。
あのすばらしい空間、あるいはパリやロンドンのコンサートホールに満ちていた愛による一体感。遊び心という名の洗練。自由につなげあわせ、分かちあうこと――これこそ、わたしが目指すクラシック音楽のあり方だと断言できる。西洋音楽受容史の新しい視座と合わせ、大いなる力を得た、すばらしき日曜日だった。
ご来場いただいたすべてのみなさまと、ミストレス・ノールに感謝をこめて。