COMIC RECOMMEND Vol.12「ダブル」

モーツァルトの天才を見出したサリエリの、あるいは、有史以来あまた描かれ続ける「天才とそうでない者」の愛憎劇。野田彩子の『ダブル』は、その系譜にあるようでまったく異なる愛しさと危うさを孕んで、目の前に現れた。

天才役者と、その代役
「ふたりでひとつ」の男たち

主人公は、無名の天才役者・宝田多家良と、同期の役者・鴨島友仁。7年前、友仁の芝居を観て演劇界に飛び込んだ多家良と、彼に天才を見出した友仁は、アパートの隣同士で兄弟のように暮らしている。圧倒的才能を持ちながら、友仁なしでは日常生活すらままならない多家良。本当は自分も同じ高みに立ちたいと焦がれながら、掃除洗濯から台本読みに至るまで徹底して多家良を支える友仁。「宝」とその「友人」。名前からして、あまりに残酷だ。この関係性は危うすぎる。やがて破綻するだろう--しかし物語は、そんな浅はかな予感など瞬く間に消化し、超越していく。

息を飲んだのは、左上のネームを見た時だった。二人三脚で作り上げた演技プランを、役に憑依した多家良はぱっと変更し、輝きを見せつける。

「絶望が 裏切りが 多家良を輝かせる 多家良は世界一の役者になるだろう」

友仁はすでに、絶望のその先にいるのだ。自分に絶望を与えた才能を、本気で世界一にしようと思っている。あまりに想定外な感情に、背筋がゾクゾクした。

そんなふたりの前に芸能事務所のマネージャーが現れ、多家良のスターダムへの扉が開かれる。小さな劇場から芸能界に漕ぎ出していくふたりは一見、最強のバディだ。しかし、その深すぎる同化に圧倒されるたび、幸せな時間のあとで友仁が寂しさを垣間見せるたび、たまらない気持ちになる。『ファウスト』や『半神』など、名作群からつけられたのサブタイトルも、やがてくるふたりの「分離」を暗示する。彼らは一体、どんな結末を迎えるのだろう。

終始冷静に、しかし情熱を秘めて多家良を見つめる冷田マネージャーの存在は救いだ。「誰もが個人に魅了されたいのです」といった彼女の冴えたセリフやモノローグには、天才(たち)の正体を解明していく探偵役のような安心感がある。そうしたバランスのよさは、多家良が共演する人気俳優・轟九十九などのフェアな造形にも見て取れる。物語のために、安易にキャラを消費しない。その真摯さが、作品の不思議な爽やかさを醸成しているのだ。

強すぎる光に焦がれることは、何も見えない闇と同じだ。しかし友仁は闇を自覚しながら、多家良のために行動し続ける。

光と闇のあわいに人間の面白さがあるのだとしたら、『ダブル』はきっと、そこで生まれる新しい色彩を見せてくれるだろう。彼らがつかむはずの新しい関係性を、大切に見届けたい。

(Febri Vol.56, 一迅社, 2019)

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