あいかわらず、ルクレツィア・ボルジアに夢中である。
この“高雅な公爵夫人”について書きはじめてから、何をしてもルネサンスのイタリアが目につく。誰かに囚われているときはいつもそうで、読書も選曲もすべてが楽しい。
せっかくなので、『花園magazine Vol.3』の好評企画「Read Gracefully プリンセスの読書ライフ」を1年ぶりに復活することにした。
マリー・アントワネット、エリザベート、ルクレツィア、そしてキャサリン妃という、時空を超えた4人のフェイヴァリット・プリンセスたちを登場人物に、「彼女たちが現代の女の子だったら、どんな本を読んで、どんな暮らしをするだろう」という空想スタイリングだ。フランス、ウィーン、ローマに英国というそれぞれの舞台やエピソードにちなんで、本やBGMや衣食住をセレクトしていく。
[2]Lucrezia Borgia
ルクレツィアは1480年ローマ生まれ。ロドリーゴ・ボルジア(のちローマ教皇アレクサンデル6世)とその愛人ヴァノッツァ・ディ・カタネイの娘で、兄はあのチェーザレ・ボルジア。毒薬カンタレラで悪名高い一族に生を受けたルクレツィアは、悪女として多くの絵画や物語のモチーフとなった。
父や兄弟がめぐらせた政治的陰謀にどれだけ関わっていたかは不明だが、ルクレツィアが家族のために政略結婚を繰り返したのは確かだ。最初の夫はミラノの大貴族ジョヴァンニ・スフォルツァ、次にナポリ王家のアルフォンソ・ダラゴーナ、最後にフェラーラ公アルフォンソ・デステ。2番目の夫が兄チェーザレによって謀殺されたという説もあり、私は昔から、織田信長と市の兄妹に近いイメージを持っている。戦国の世を美しく野心的に駆け抜けた兄と、賢く凛々しい妹の絆。
研究が進んだこともあり、最近では悪女説よりもこの賢い妹ーーひいては“高雅な侯爵夫人”説が王道になりつつある。ニール・ジョーダン監督が手掛け、ジェレミー・アイアンズが教皇アレクサンデル6世を演じたドラマシリーズ『ボルジア家 愛と欲望の教皇一族』は、そのことを圧倒的な映像美とともに教えてくれた。
ルクレツィアを演じるのは、イタリア系英国人女優ホリデイ・グレンジャー。昔のフランス映画のような妖艶さとは無縁の清純派プリンセスだ。絶世の美女ではないが、豊かな金髪、角度によって色が変わって見える榛色の瞳、優雅な物腰といったルクレツィアの美点を驚くほど再現している。(チェーザレ役フランソワ・アルノーと、エミー賞受賞の絢爛たる衣装、そして音楽もすばらしい!)
第1話では14歳。天使のように屈託なく兄に甘え、最初の結婚では披露宴の途中で眠ってしまうルクレツィア(下写真)だが、その結婚生活は暗黒だった。慰めてくれた美しい馬丁と恋に落ちる。
「この愛は成就しない」。詩人たちの言葉を引用し、自分に言い聞かせる少女の姿が印象的だった。おのれの境遇を理解し、なおかつ書物を愛する教養あふれる女性であることがよくわかるエピソードだった。
離縁し、ローマに戻ってからのルクレツィアの脱皮ぶりはすごい。父の新しい愛人(教皇は婚姻できないので、ある意味再婚相手)ジュリア・ファルネーゼと結託し、ローマ教皇庁にはびこる汚職を弾劾。ローマの孤児や娼婦たちを救ったり、
父や兄の言いなりになるのではなく、「この人ならいいわ」と思える王子に出会うまで結婚を引き延ばしたり。求婚者のハンサムな弟と恋に落ちる、なんていうエピソードもあった(基本的に面食い)。
最愛の妹ルクレツィアを前にすると、“優雅なる冷酷”も形無しである。チェーザレのファンには怒られるかもしれないが、わたしはそんなシスコン・チェーザレもほんとうにいとおしかった。基本的にメロドラマ、と理解し愉しんだので、ふたりの危険な関係もロマンティックで好きだった。願わくは、打ち切られてしまったシーズン4が復活しますように!
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◆BOOKS
ドラマの結末はともかく、3番目の夫エステ家のアルフォンソ1世との間には多くの子が生まれ、ルクレツィアはルネサンス期を代表する“高雅な公爵夫人”として尊敬されるようになった。
1503年、アレクサンデル6世が逝去。ボルジア家は没落の一途をたどることになるが、ルクレツィアにへの高い評価は終生変わることがなかった。1816年にイギリスの詩人バイロン卿がミラノのアンブロジアーナ図書館を訪れた。バイロンはルクレツィアと高名な学者で詩人のピエトロ・ベンボの間で交わされた書簡に感銘を受けたという。
そんなわけでまず読んだのが、この名著。兄のほうも併せて再読すると、様々な発見がある。
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このひとたちも重要な登場人物。同時代人の客観的目線で見たボルジアがわかる。
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本誌掲載時に「現代のルクレツィアのお気に入り」として紹介したのがこちら。イタリアといえばすぐ浮かんでくる憧れの女性の、静謐なエッセイ集。
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◆MUSIC
こちらも本誌で紹介した「読書のBGM」。
1833年、 フランスの文豪ヴィクトル・ユゴーが書いた戯曲『ルクレツィア・ボルジア』は、ドニゼッティによってオペラになった。初演は1834年12月のミラノ・スカラ座。その秘密とは、どんな味だろう。
ドニゼッティ:《ルクレツィア・ボルジア》第2幕、バッラータ:「幸せでいるための秘密」
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ドラマにはほんとうに、素晴らしいBGMも満載だった。曲目についてはまだ調査中なので、まずは雰囲気が味わえそうなこちらをご紹介。
Lute Music From Renaissance Italy
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◆OUT & ABOUT
「読書をしたい場所」として紹介したのは、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局のサロン、ティサネリア。銀座や京都、名古屋などに支店があり、ルネッサンスの雰囲気のなかで体によさそうなハーブティなどが愉しめる。17世紀の修道士が作ったミント水は、頭痛にもよくきく常備品。
最近は、ザクロのバスソルトがお気に入り。濃厚な香りを媚薬のように体にしみこませればルクレツィア気分になれる。
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